赤線地帯

少し隠微な遊びがしたいときによく利用していた界隈は、昔の赤線地帯の名残を感じさせる、明治大正時代からの遊郭と戦後の売春地帯をアソートミックスしたような、風情ある一角にありました。
ただし現在は、警察の摘発を受けて廃業に追い込まれたようです。街全体が業態転換を迫られたと聞いています。そういう街が京都にありました。
最初は普通の路地だと思って歩いていると、簾の奥から「遊んでいきませんか」と声をかけられました。
畳み掛けるように「いい娘がいますよ」とか細い声で婆さんと思しき店の人が姿を見せずに誘ってきました。
路地に面していたのは店というより普通の家に見えました。看板も出ていなければネオンサインも何もありません。
ただ、あとから教えられて気が付いたのですが、家の玄関先に金魚鉢が置かれていました。
これがこの街のサインで、金魚鉢が玄関先なり外から見える場所に置かれた家は、いわゆる娼家だそうで、やれるという合図なんだそうです。
客引きの婆さんの声に誘われて、玄関先に立ち尽くすと、中から着物姿の痩せた女が出て来たので、「いくらでやれるの?」と聞くと、14,000円でした。
こんな住宅と変わらない作りの家でやるのも風情があっていいなと思い、案内されるままに2階に上がりました。
通されたのは6畳くらいの和室でした。部屋にはお膳と座布団があるだけでした。
好みのタイプを聞かれたので、30代くらいでぽっちゃりした子がいいなというと、すぐに呼びますからお待ちくださいといわれました。
15分くらい待たされたでしょうか。
すると言った通りの30後半な感じで、やや小太りの浅黒いお姐さんが着物姿に三味線を持って入って来ました。
まさか芸者が来るとは思わなかったので、「三味線とか踊りも出来るの?」と聞くと、ええ一応という感じでしたが、聞けば芸者ではないようでした。
時間は40分でしたから、下手な三味線を聴く時間も惜しいと思い、まずはお膳の上に置かれていた瓶のビールをコップに注いで、お姉さんに飲ませました。
お姉さんは小走りでもして来たようで、軽く汗ばんでいたからです。
「おいしい」というなり抱き寄せてキスをしました。
裾をめくるとパンティは履いていませでした。
お姉さんを最初に見たときから色っぽかったのと、他人の家にでも上がり込んで淫行をしているような錯覚とで、着物を着せたまま下だけはだけさせて座布団を枕に一回戦がすぐ終わりました。
40分は短いようで長いので、口でも抜いてもらいました。
こういう店というか街がなくなったのは残念です。お姉さんたちは雄琴とかに移ったと聞きました。神待ち掲示板

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